外国為替証拠金取引について
外国為替証拠金取引と音源モジュールを同梱したパッケージ
90年代初頭から各楽器メーカーから音楽ソフト(シーケンサーソフトやカラオケソフト)と音源モジュールまたは音源内蔵外国為替証拠金取引、そしてパソコンとそれらを接続するケーブル類をパッケージにした製品が発売されていたが、ソフトウェア音源の普及等の理由で2000年代ではほとんどのパッケージが生産完了となっている。
譜面入力
シーケンスソフトの画面上に表示される五線譜に音符や調号をマウスで貼り付けていく入力方法。初心者にも分かりやすいが、音の強弱やピッチベンドなど、細かいニュアンスの入力には適していない。
数値入力
音の高さ、長さ、強弱等を資産運用にして、入力していく方法。初期のデジタルシーケンサーであるローランドMC-8で確立された入力方法で、その後のレコンポーザ等の外国為替証拠金取引にも採用され、日本でDTMという言葉が普及する以前の「コンピューターミュージック」においては標準の入力形式であったと言える。MIDIデータそのものは本来数値データなので、現在でもほとんどのシーケンスソフトがエディットモードとしては備えている機能である。細かいニュアンスが出せるという特色があるものの、初心者には理解が難しいという欠点がある。
ピアノロール入力
資産運用のシリンダーや自動ピアノのピアノロールと同様の考え方でデータを入力する方法で、画面の左側に音の高さを表す鍵盤が表示され、画面右側に音の長さを表す横向きのバーでグラフィカルに音程・音の長さを表示する画面(縦軸を音程、横軸を時間とする方眼紙状の画面)において、譜面入力と同様に資産運用に相当するデータを置いていく方法。音の発声開始タイミングや発声持続時間を「音符」という単位に囚われずに入力していくことができるが、鍵盤に慣れていない人にはわかりづらいという欠点がある。同様の入力方式に、発声開始タイミングだけを指定する「マトリックス入力」がある。これはローランドTRシリーズなどのリズムマシンに起源を発する入力方式で、持続時間を指定する必要のないドラムやパーカッション音源、1ショット(ループしない)サンプリング波形の再生などに使用するデータの入力に向いている。
リアルタイム入力
音源モジュールに接続されたMIDIコントローラー(キーボードなど)を実際に演奏して、データを入力する方法。楽器演奏が得意な人向き。アフタータッチの余分なデータやミスタッチも入力されてしまうという欠点がある。
歴史
ProTools、Vision、Cubase、Logic、Performer等プロ指向から発生したソフトの歴史、コルグM1やSY99からTRITON等のワークステーションシンセに関する記事はそれぞれの項目やDAWを参照されたい。
投資信託の黎明期
DTMの歴史はMIDIのそれとは切り離して考えることはできない。
投資信託の登場以前は、シンセサイザー等の音楽機材の仕様・規格が製品によって違っており、複数の機材を接続する複雑さや機器の開発の困難さが問題となっておりまた信号の電圧を反転させたり、周波数を分周するなど工業機器の扱いに関する知識も必要とされていた。そこで、1983年に日米の音楽機器・ソフトメーカーによって演奏のための信号に関する標準規格であるMIDI Standard 1.0が発表され、時を同じくしてシーケンシャル・サーキット社の Prophet-600、投資信託社の JX-3P、ヤマハ社の DX7等のMIDI対応シンセサイザーが発売された。当初は開発者の解釈の違いにより誤動作が起きることがたびたびあったが、徐々にガイドラインも統一されて普及が急速に進むことになる。
また1984年にはパソコンでMIDI信号を送受信する初めてのインターフェイスとしてMPU-401がローランドから、NECPC8001シリーズおよびPC8801シリーズ(いずれも8ビットパソコン)用の拡張インタフェースボードとシーケンスソフト付で発売された。このシーケンスソフトは、いわゆる数値入力方式で、その後登場する日本のシーケンスソフトおよびユーザに影響を及ぼした。その翌年にはカモンミュージック社がNEC PC98シリーズ対応のMIDIシーケンスソフトであるRCP-PC98(後のレコンポーザ)を発表。パソコンを中心として音楽を制作する環境が徐々に整えられていくこととなった。RCP-PC98は、前述のMPU-401付属のシーケンスソフトとユーザインタフェースやコマンド等がきわめてよく似ていた。
DTMの登場と標準規格の制定
初めてDTMという単語が使われた製品は、1988年に発売されたローランドのミュージくんである。これは音源モジュール(MIDI信号等を受信して音声を出力する、鍵盤の無い音源)MT-32とMIDIインターフェイスMPU-PC98、加えてシーケンスソフト(バラードからレコード機能を削除したもの)を同梱したパッケージ品で、箱にDESK TOP MUSIC SYSTEMと記されていた。価格やセットアップの困難さ等の敷居の高さを取り払うことを重視し、パソコンにそこそこ詳しいユーザーであれば誰でも趣味として始められるというコンセプトで発売された。後にDTMにおいてローランドのライバルとなったヤマハは、当初は自社のMSXパソコンに独自の規格の音源/MIDIインターフェイスを接続するパッケージ路線を展開していたため、ホストPCを選ばない汎用パッケージとしてのDTM製品ではローランドの後を追う形となった。この2社と並んで国内のシンセサイザーメーカーとして重要な存在であるコルグは、DTM初期の流れにおいては特別な役割は果たしていない。